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(彼の匂いは水の匂い)
今日、スペルに手を引かれて静かの大地へと連れられてきた。私の手を引くその手は、想像してるよりも少し大きくて、固かった。(何よりも驚いたのは、私よりも身長が小さいのに、スペルの方が手が大きいという事)昇降装置を使って降りると、ぶわりとゆるやかな潮風が私の茶色の髪とスペルの金色の髪を撫ぜた。きっとこの風も、深く青き海を渡ってきたのだろう。スペルは肩で息をしつつも、私の手を懸命に引っ張る。まるで、遊具でも見つけた子供のように。実際子供だけれど、此処に来た途端、急に幼さが増した気がした。スペルは私の手を引いていた手を放す。互いにつながれていた温もりが放れる事に少しばかり不安を覚えたが、それを無視して辺りを見渡す。そこは少しだけ高台になっていて、先ほどよりも身体に受ける風が強く大きくなる。「なあ、リエル」 「何だ」 ぶっきらぼうに答える。スペルはそんな言葉に気分を害する訳でもなく海に視線を移す。また、風がぶわりと、今度はスペルの長い髪を揺らした。風がスペルの髪を揺らした事で、隠れていた片目が見える。この海と同じ深海の青。一体何が言いたくて、何が伝えたくて此処に連れてきたのか。私には解らない。スペルはそのやんちゃに映る外見とは違って、時々物凄い歳を食った老人のように見える。まさに、マイペースというやつ。私もその青い海に再度視界を向けてみる。波がこの高台に近づき、去って、を繰り返していた。 「大体皆、海を見ると、潮風だ、とか、この青さに目がいくんだけど、」 「?」 「水だってにおいがある。例えば、上から此処までくるとさ、潮風のにおいするじゃん?」 スペルはそう言って昇降機の方を見ながら”上”を指差す。きっと、ウェルテスの事。確かにさっき、ここまで降りてきた時に、ぶわりと風が吹いて潮風を誘ってきた。それで、その続きは?と私は急かすと、スペルは目を細めて続けた。 「蒸発する水はことさらに察知しやすいんだよ。水に溶け込む不純物とかじゃなく、水には水のにおいがある」 「…海は、潮風にかき消されやすいから、水自体のにおいなんて、わからない」 「リエルが気付いてないだけ。浴槽とかでも、水の匂いはする」 「ふうん…」 まったく何を意図して言葉を放っているのかわからない。雑学なんかが聞きたい訳ではない。私が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、スペルは私に振り返り笑顔を作った。振り向いた事で、また長い髪が風に揺られていた。そして今度は日差しが金色の髪を透かしていたのが見える。けれどそれは一瞬ですぐに私の視界は真っ黒に隠されてしまう。 「なっ!?何をする!」 「いいから」 その黒が、先ほどまでの鮮やかな青を奪う。スペルの手が私の目を隠しているのだ。人間は目が見えないと、聴覚やその他の五感が鋭くなる。近い。スペルの手の暖かさが私の視界周りを暖める。そして、何故か不思議なにおいがした。香水?と視界をめぐらせる。するとぐ、と何かに引っ張られ、その直後に浮遊感。そしてその次に遠く響く水の飛沫の音。全身にまとわり付く水の感覚。やっと目隠しから解放されると、周りには深海の青。そしてそれと同化するようなスペルの青い瞳が目の前に映った。私はあ、ともう、ともつかない悲鳴を上げて彼から離れようとしたけれど、案の定スペルの手が私の腕を掴んで放さなかった。(そして此処で気付く。水の中なのに息ができることに)そして、その予想よりも力強いスペルの手を自分の方へと引き寄せる。水の反動と共に私の身体はあっという間にスペルの腕の中に収められてしまった。水中で揺れる二つの身体。私の顔はスペルの胸に押し付けられていて、顔に熱が集まるのがわかった。その中でもちらりと見えたのは水面で受けた日の光とも言えない、きらきらと輝く光達だった。 青の オブラート (愛してる、をオブラートに包んで貴女に) |