とくに当ても無く、露店の並ぶレンガ畳みの道をあるく。赤色のブーツがかつんかつんと音を立てて弾け、しかしそれは賑わう人々の声によってかき消される。何の面白みも無い、ただの歩行ごっこ。エスはただただそれを繰り返しているうちに、ひとつの花屋を見つけた。あかしろきいろあお、様々な色の花が飾られている。花の名前には詳しくないけれど、チューリップ、ガーベラ、薔薇、カーネーション、王道的な名前のものだけはわかる。エスはそれが妙に面白くなって、花の名前のタグを順々に眺めていく。花屋の店主の女がくすくすと笑ってどなたかに贈り物ですか、と笑った。エスも笑った。贈り物なんかじゃないけれど、これもまた面白いかもしれない。

「赤い花を、ここにある赤い花をくれ。全部ね」

 相当な量になりますよ、そしてお金も。店主はきょとんとした顔をしたが、エスは構わなかった。贈り物じゃない、捧げ物だ。店主はかしこまりましたと笑みを作ると器用にラッピングをこなしていく。何とかひとつに収めることができたが、1人でもっていく自信はあまりなかった。これを持って帰るとすると、視界が見えなくなるのではないか。それほどの大きさ。会計を済まし、店を出る。花々を潰さぬように慎重に歩く。それなりな額になった。後でレスティルの妙な小言で五月蝿そうだと眉を潜めたが、この花を買った意味を考えると、妙に胸が満たされるようだった。宿につくと、レンゲがエスくんが花を買ってきたと笑い者にした。もちろん、たまこも。たまこは赤い花というだけあって、それを狙ったように目がらんらんと輝いていたが、それを無視して二階への階段を上る。そして、イヴの部屋のドアを不自由な手を使いゆっくりと開いた。そこには白いシーツの敷いてあるベットに身を沈めているイヴ。胸元に手を組んで眠っている。エスがベットの元へと歩み寄ると、イヴの顔にエスの影がかかった。それはまるで、死人のようだ。白いシーツに黒い髪が散って美しい。けれどエスはそれに一工夫加えようと思い、ラッピングしてある薔薇の茎をひとつ、ぽきりと折った。それを、そっとイヴの頭の横に沿える。そしてまた一つ。今度はカーネーション。どんどん花々の茎をぽきぽきと折り、彼女の元へと降らせてゆく。ラッピングしてあった花が最後の一つになった時、その最後のひとつをイヴの組んである手に持たせる。中には臭いのきついものもあるというのに、まったく目の覚める様子が無い。けれど、この光景は本当に美しいもので、白い肌、白いシーツ。そして黒い髪に映える赤い花々。まったく美しい。エスがしばらくそれを眺めていると、ドアが開いた。しまったとドアの方へと視線をやると、案の定フェターだった。エスは小さく舌打ちをする。これで自分とイヴが二人きりの時に目を覚ましたら最高だったのに、とひとりごちた。当のフェターは激情したように顔をゆがめてずかずかと部屋の中に入り、イヴの周りに添えてあった花を掴み捨てた。けれど、イヴの髪に絡まった薔薇はそうっと優しくとり外す。まるで宝石でも扱うかのように。しかしそれはすぐにフェターの拳によって握りつぶされ、エスの胸目掛けて投げられた。赤い赤い薔薇はエスの足元にぽたりと落ちる。先ほどのように活き活きと咲き誇っているのではなく、くしゃりと潰されひしゃげている。

「なんてことをするんだ!こんな…献花みたいな…ふざけるなよ!」
「いや、ただ、」

 きれいだな、と。エスがそうひとりごちると、フェターはまた花を握り潰して捨てるの動作を繰り返した。そしてイヴの周りに花が無くなるのを確認すると、彼女を優しく抱え、エスに踵を返し部屋を出た。ベットの周りに散った赤い花。エスはそこに跪きひしゃげた花弁をつまむ。胸にぽっかりと空いた空洞。これは何だろうか。この花に対する哀れみか、それとも、悲しいのだろうか。

「悲しい?これが悲しい?
 んな訳ねえだろ。汚い俺が、悲しみなんて感じる程慈しみの心があるはずがない」

 エスは母から譲られたわけでもない癖毛をぐしゃぐしゃに掻き乱し笑った。笑っているのに、何故か落ちた花弁に落ち弾ける水滴。エスはそれが何なのか、理解はしていたが、どうしても解せなかった。



残滓だけが愛の証し


(ホワイトデーにこれってどうよ!!!11バカだろ!!!/2007314)