いつものように夕食の後の部屋でのゆったりとした時間を、アヤは堪能していた。ベッドですやすやと眠るイスタを眺めているのもなんだかんだで面白いものだ。そんな中、どたばたと階段を駆け上がる音。騒がしい、とアヤは眉を潜めながらも、廊下へと視線をやると、案の定アヤの部屋の前で足音は止まった。次に軽いノック。恐らく、レンゲあたりだろう。アヤはため息を零しながらドアごしの誰かに誰?と尋ねた。すると返ってきたのはレンゲの声ではなく、いつもよりも数トーン高いレスティルの声だった。

「アヤ、アヤ!入ってもいい?」
「!レスティル…?い、いいけど」

 アヤがもごもごと答えると、それを待っていたかのようにレスティルはドアノブを回しアヤの部屋へと侵入してきた。きっと、ちょっかいをかける為に入ってきた訳ではないだろう。ベッドで眠っているイスタを確認すると、少し騒々しかったかな、と苦笑し、謝罪の言葉を繋げた。そんな動作にさえ、アヤは動揺してしまう。アヤは冷たい言葉を投げるのは得意だが、褒め言葉や慰めの類の言葉をかけるのは苦手だった。レスティルがその対の言葉を投げかけるのが得意なように、人間には得て不得手があるものだ。

「もう寝る所だった?」
「う、ううん、僕はまだ起きてるつもり、だった」
「そうなんだ。じゃあ、私と一緒に散歩に行かない?」

 散歩?こんな時間に?まだ皆が寝入る時間ではないが、カーテン越しに見える景色は黒とも紺ともつかない空の色。要するに暗いのだ。それに、外へ出れば街灯も少ないのだから、この場よりも暗く感じるだろう。その事を思ったアヤがレスティルへそれを告げると、暗いからいいんだよ、と問いかけとも解らなくひとりごちた。

「行きたくない?」

 わざわざレスティルに誘われたのに断る理由は無い。アヤは首を横に振ると、行こう、とレスティルを急かした。宿から出れば、外気の風がさわさわと二人の髪を撫ぜた。アヤが何処まで歩くのか尋ねてみれば、内緒、と会話の終了を余儀なくされる。そんな中、レスティルがアヤの手を握り、歩き出した。まるで親が子に対し道を記すように。

「なっ…!」
「暗くて危ないから気をつけてね」
「……」

 アヤの顔に朱が走る。しばらく走ったところで、アヤは肩で息をし始めていた。レスティルの歩みが遅くなった事で、もう少しだろうか、と感じた所でようやくレスティルの歩みが止まった。着いた場所は、アヤもよく知った輝きの泉。そして、その周りには謎の蒼い光の大群が雪のように待っていて、アヤは首を傾げた。

「何これ?」
「幻光虫。きれいでしょ」
「う、うん」
「おじさんに教えてもらったんだ」

 すると、レスティルは幻光虫を両手で優しく覆い捕まえ、それをアヤの頭の上で放す。それはアヤの髪に止まり、淡い光を生み出していた。アヤの髪で輝く幻光虫を眺めたレスティルは満足そうにこう告げた。

「水の中で光ってるアヤの髪の毛みたい!」
「えっ?」
「初めてこの虫をおじさんと一緒に見た時の事、思い出したの。アヤとか、ママの光ってる髪の色とそっくりだって!」

 確かに言われてみれば、水の民の輝く髪の色に似ているそれは、海の色にも似ている。アヤは辺り一面に飛んでいる幻光虫を眺めた後、母から聞いたこんな話を思い出した。確か、愛する人と海に飛び込むと、海が輝きだし、海に祝福されると。名前は確か、水舞の儀式と言ったか。きっと、この光景と僅かながら似ているのではないかとぼんやりと考えた。そんな事を考えていると、急にレスティルがアヤの手を取り、くるくるとその場を廻り、踊り始めた。


焼き付いた心臓
(わっ!?ちょっ、ちょっと…!レスティル!?)(水舞の儀式みたいだね!とーっても綺麗!)