は重たい瞼を持ち上げると、ぼんやりとした頭で周りを確認する。今度はちゃんと、夢ではなくポッポの工房だ。小さくうーっと腕を出して伸びをすると、骨骨がぎしぎしと音と立てた。膝を抱えたまま眠ってしまったから、一種の寝違えのようなものだろう。すると肩から何かずり落ちた。


「……毛布?」


 気配を見ても、セネル達はまだ戻ってきた気配はない。きっとポッポがかけてくれたものだろう。まだ少し眠気が脳から離れない状態で、少しぼうっと座り込む。するとポッポの声とは違う、細い聞いた覚えのある声が聞こえてきた。


「ああ、起きたんですね、さん」
「!?」
「何でそんなに警戒するんですか。まさか…もう人の顔を忘れたとでも?」
「じぇ、ジェイ…」
「何だ、覚えてるじゃないですか」


 ジェイはを小ばかにしたように鼻で笑うと、に踵を向け工房の奥に戻ってしまった。一人になったは先ほどの夢を思い出す。変な夢だった。怖い夢でもなかった。けれど、その恐ろしい夢を見たように妙に心臓が早鐘を打っているのだ。はずり落ちた毛布を肩に掛けなおしながら、記憶をほじくりかえす。どこか、どこかで。似たような声を聞いたことがあるような気がする。けれどそれが思い出せない。ぼんやりとそれを考えていると、ジェイが両手にカップを持ちの元へと戻ってきた。


「どうぞ」
「………なにこれ」
「コーヒーです。見てわかりませんか?」
「わかる…けど」


 はそのコーヒーを見て少し渋るような仕草をしたが、素直に受け取る事にした。それを口に含むと、案の定苦い。しかしそれほど飲めないという程ではないから、少しずつ口に含んでいく事にした。そして、ある事に気付き、ジェイに尋ねる。


「ジェイは、何で此処に…?」
「退屈だったのと、情報におまけを付けに来たんですよ」
「おまけ…?」
「セネルさん達が戻ってきたら教えてあげます」


 ジェイは再びを鼻でせせら笑うとコーヒーに口をつけた。しばしの沈黙が流れる。ジェイは口下手というイメージはないが、特に話題を持ち出す必要もないと感じたのだろう。両手で持っているカップの熱で、手がほんのりと暖かくなるのが心地いい。がそんなくだらない事を考えていると、ジェイは既にコーヒーを飲み終えたのか、カップを置いて壁に背もたれて工房のドアを眺めはじめた。するとその途端に工房のドアが開き、セネル達の驚愕の表情が浮かぶ。


「皆さん、どうも」
「ジェイ!水の中を進むなんて、聞いてなかった。どうして黙ってたんだ!」
「命を賭けてくださいと、申し上げましたよ」


 ジェイはクロエをせせら笑うように告げると、念を押したとも告げる。するとクロエはぐっと唸り黙り込んでしまった。それにとどめを刺す様に、ジェイは自分の言ったことに責任を持たないとでも?とまた鼻で笑う。クロエは完全に押されてしまっている。


「……」
「クロエ、無理はしなくていい」
「クーリッジ…
 いいや!ここまで言われて、黙っていられるか!
 どんな手段を使っても、必ず雪花の遺跡へ乗り込んでやる!」


 クロエが拳を握りながらがなりたてるように叫ぶと、モーゼスが涙声になっていると首をかしげた。それにすらクロエは苛々するのか、モーゼスにもうるさいとがなりたてる。


「これからジェイと2人で、改造作業を行うキュ」
「時間はどれくらいかかる?」
「一晩いただければ」
「待つしかないか…よし、しばらく自由時間とする。各自、好きに過すがいい。」


 自由時間、という言葉に真っ先に反応したのが、モーゼスだった。セネルに水泳勝負を挑むらしい。はそれを眺めていると、ノーマが一緒に応援しようと誘ってきたが、生憎そんな気分にはなれなかった為、断った。眠気は飛んだが、身体をあまり動かしたくない、面倒くさいというのが本音だ。セネル達が再び外へ出て行ってしばらく、ポッポがを呼んだ。


さん!排障器を作る間に作っておいたキュ!こんなものでどうキュ?」
「!あ、ありがとう…!」


 それは縦長の木製の箱に入っており、一見見ただけでは柄の長い槍に見える。薙刀状のそれは、青い海のようなスカルプチャの飾りがついていて、しっくりと手に馴染む。はそれを何度か素振りすると、持ち手の部分を力強く握り、ポッポに向けて小さく笑った。


「本当にありがとう、ポッポ…わたし、これで皆と一緒に戦える」
「お礼なんていいキュ!先っぽのは雄々しきものの角のあまりものだけど…よく切れると思うキュ!」
「うん、だいじにする」


 そう言って、また笑う。は武器を一度木箱の中にしまうと、外の様子を見てくると工房を出た。外は海に繋がっているせいか、潮風がの髪を揺らす。辺りを見渡すと、そこには水を腕で掻いて賢明に進むセネルの姿。モーゼスは随分と後ろの方に居るようだ。そして、それを見ているノーマとクロエの姿。ノーマ達の隣まで歩み寄り、しばらくそれを眺めているとセネルが水から上がる。


も出てきたのか」
「あ…うん」
「中で引きこもってるよりは出てきて遊んだ方がいいと思うぞ」
「………さっきは、中でおとなしくしてろって、言ったのに」
「あれは万が一の事でだよ」


 はぶすつけるとセネルが笑う。すると激しい水音を立てモーゼスも水から上がったようだった。随分と疲れているように見える。セネルはそれを見て18勝0敗だ、とせせら笑うようにモーゼスへ告げた。


「わかった、ワイの負けじゃ!認めちゃるわ!」
「セネセネ!さっすがマリントルーパーだね!あたし、ちび〜っとだけ見直した!」
「ちびっとだけかよ」


 セネルが眉を潜めながらも苦笑した。するとクロエはセネルとは対して眉を八の字にしながらうらやましい、と呟く。そしてそれに続くように昔から、泳ぎが上手だったのか、ともごもご尋ねた。その言葉に、セネルの表情がぼんやりと雲がかかったように曇り、黙り込んだ。思い出すのはステラとシャーリィと交わした以前の会話。その瞬間、セネルの目にステラともシャーリィとも似たようで似ていない金色が瞳に飛び込んだ。


「…セネル?どうしたの?」
「すまない、ぼーっとした。悪いな、
「ううん…、別に」
「な〜に遠い目して、苦味ばしった風、演出してんの!
 17のガキのくせに!」


 ノーマの指摘にセネルが16のコガキに言われたくない、と告げるとノーマは足と腕をじたばたさせなんだと、と唇を尖らせながら怒鳴った。そろそろ遅い、戻るか、とセネルが告げると、ノーマが確かに、と同意を零し続々と工房内の休憩場へと戻ってゆく。もそれにぱたぱたと付いてゆく。休憩場は案外居心地のいいもので、先ほども仮眠をとったですら簡単に眠りに誘われる程だった。(ただ単に疲れが抜けていなかっただけかもしれないけど。)翌日目を覚まし工房に戻ると、ジェイとポッポが並んで立っていた。その様子だと作業はきちんと完了したらしい。


「ポッポ三世号改、完成だきゅ。キュキュキュ〜」
「皆さんのお陰で、立派な排障器がつきましたよ。後は、操縦者の腕次第です。」


 準備ができたら僕に言ってくださいね。ジェイはそう残して工房を出た。長い下準備だった。ようやく雪花の遺跡へと突入できると思うと、セネルは心臓が少し締め付けられるような思いだった。