相変わらずはすぐ走るだけで息が上がってしまったが、皆誰一人置いていくようなことはしなかった。はしばらく駆け足で皆の後ろを付いていき、上がった呼吸を整えようと壁に手をついたとき、かち、と何かが外れる音がした。すると重い音と共に壁が開き、個室が現れる。はびくりと身体を跳ねさせてクロエの後ろに隠れた。


「ご、ごめんなさい…!ごめんなさい、変なの…押しちゃった」
「!貝殻が光ってる!」


 セネルがそう叫ぶと、彼はポケットから取り出した小さな貝殻を眺めた。ちかりと光るそれは、まるでここに何かがあると言わんばかりだ。が戸惑いつつ扉を伺うと、セネルはずかずかと扉の中へと進んでいった。皆もそれに続く。すると、そこにはと同じ金色の髪に碧眼の男女がふたり。少女のほうは水道に入る前に見かけた少女。男の方は、知らない。男は傷を負っているのか、力なく床に倒れており気を失っていて、少女はセネル達が急にこの場に入ってきた事を怯んでいる。


「お前はシャーリィと逃げた奴…シャーリィを何処へやった!」
「い、いや……」
「クーリッジ、相手は怯えている。落ち着いて話すんだ」


 クロエのなだめるような声に、セネルはそうだな、と小さく返事をした。問いかけられた少女は、警戒のまなざしを一切解こうとせず、後図去る。するとウィルが男を見て呟いた。


「床に倒れているのは空を飛ぶ男か?どうしてここにいるのだ?」


 空を飛ぶ男?とは首を傾げたが、どちらにせよ今はそんなことより怪我のほうが心配だ。このままだと意識を取り戻しても歩く事すらままならないだろう。はモーゼスのガルフ、ギートに近寄り顔を撫でた。


「モーゼス…お願いがあるの……」
「なんじゃい」
「ギートの背中に、この男の人をのせてあげて」


 モーゼスはしばらくその願いに渋っていたが、そのうち諦めたのか了承してくれた。に男が触れないのを意識してか、モーゼス自らギートの背に男をかつぎあげた。乱暴な仕草だったが、としては十分だった。その時、セネルの悲痛な声が響く。


「シャーリィはどこへ行った?」
「…」
「頼む、教えてくれ」


 少女は一瞬戸惑ったようだが、セネルの切実な言葉に溜息を吐いた後白状した。


「あの子、自分が囮になるって1人で飛び出していったわ」
「いつ!」
「ついさっき…」


 セネルはさっき、という言葉にほっとしたのか、まだ間に合うと声を絞り出した。皆がそれに続き進もうとした時、は気付く。少女は俯いたまま胸元に手を組んだまま動かない。はギートを先に行かせ、少女にかけよると、びくりとの顔を見つめた。


「あなた…水の民でしょ?」
「…う、ん…私もあの時、捕らえられていたの。でも今はそんな事より、セネルの妹を助けてあげなきゃ……ね?」
「でも、陸の民なんかと、」
「あの人達は、信用できるよ…。あの人達は私を助けてくれた。…そして貴方の事も。
 私だって最初は疑ったけど、今はそんなことないもの。だからあなたも、」
「うん、そう、ね…」


 水の民、という言葉に肯定の返事をしようかは迷ったが、今はうんと言って居た方がいいと直感で感じた。できるだけ優しく囁いて、怯えさせぬように。が先ほどノーマにしてもらったように少女の手を引いて歩き出す。駆け足で進んでいると、はある事を思い出す。それを問う為に少女の顔を覗きこむ。


「私はだよ。…あなたは?」
…。わたし、わたしは、フェニモール。誠名はゼルヘスよ」
「そう」
「ねえ。あなたその目…。捕らえられていた時にやられたの?」
「え…」


 はっとして片目を抑える。そうだ、自分は水の民とは違う。些細な違いであっても、この紅い瞳のせいでは村の水の民からも迫害された。急にそれが恐ろしくなって口がわなわなと震えだす。フェニモールはの震えに気が付いたのか、の肩を抱いた。


「ごめんなさい。あの時嫌な事をされていたとして、思い出したくない事だって、あるわよね」
「…っ、ごめ、フェニモール…」


 どうやらフェニモールは囚われの際に何かされたのだと思ったらしく、は内心ほっとした。(こんな事に安心するなんて、自分は汚い)の素性を隠すためにも、今は黙っていたほうが良いと感じた。すると、セネルの叫び声が水道内に響いた。


「シャーリィ!」
「まだ生きていたのかい。しぶとい奴らだねえ」
「シャーリィ!今助けてやる!」


すると、セネルが名前を呼んだ金色の髪を靡かせた、メラニィに捕らえられている少女が振り向いた。セネルは戦闘の態勢を作ったが、メラニィはにやりと嫌な笑みを作り相手にもしない様子だった。


「おやあ?お前達と一緒にいるのは水の民と、あの実験サンプルじゃないか」


 ぞわりと背中が粟立った。それはだけでなくフェニモールも同じのようで、前方を見る。その際に脳裏に蘇る実験の映像。フェニモールは後ずさったが、はその前に立ちはだかり、庇うような体制になる。実験サンプル、そんな風に呼ばれる筋合いは毛頭ない。が警戒の視線を突き刺すと、メラニィはくつくつと笑う。


「いつの間にそんな目ができるようになったんだい!生意気だね!」
「お前っ…!」


 セネルがメラニィに走り寄ろうとしたが、メラニィは踵を返し先へと進む。共に捕らえられていたシャーリィの金髪が揺れた。その際に、共に居たスティングルがを見て、呟いた。


「…その様子だと、娘はまだ生きているようだな」
「生きてるに決まってんじゃん。あたし達が助けてあげたもんね!」


 セネル達が疑惑の表情を作ったが、そんな事も気にせずスティングルも走り去ってしまう。ノーマが早く追おうと叫び、走り出そうとした瞬間、地鳴りが響いた。ノーマがその地鳴りと共にやってくるそれを見て悲鳴を上げる。


「ひゃあっ!」
「メラニィめ、厄介な置き土産を!」


 自分たちよりも何倍も巨大な黒い亀が現れた。亀は問答無用でセネルらに襲いかかろうとする。も助太刀しようとしたが、今はフェニモールと共に怪我を負った男もいる。は小さく舌打ちをしてフェニモールとギートを連れて影へと隠れた。剣や拳、ブレスの当たる激しい音が水道内に響く。しばらくフェニモールと共に隠れていると、ぱん、と何かが弾ける音がした。きっとあの亀がスカルプチャと化したのだろう。がセネル達に駆け寄ると、クロエが笑顔を作り歩み寄ってきた。


、無事だったか?」
「うん…」
「よかった。あの少女と男は、」
「大丈夫。…私と一緒に、隠れていたから…」


 そうか、とクロエが安堵の表情を作ると、ばたばたと走る音が聞こえた。がその音の方へと視線をやると、セネルが水道を出て行く所だった。その際にウィルの勝手な行動は慎めという怒声が聞こえてきたが、セネルにはまるで聞こえていないらしい。


「…フェニモール」
。魔物はもういないの?大丈夫なの?」
「うん。もう平気だよ…。だから行こう?」


 水道を出ると、さんさんとした日光がの目を突き刺した。顔に手をかざし日陰を作り視線を動かすと、セネルがきょろきょろと辺りをうかがっていた。それを見たクロエがどこへ行ったんだと付け沿えた。するとフェニモールがセネルへと近寄り、おずおずと問いかける。


「あなたが、シャーリィのお兄さん?」
「?ああ」
「そっか…あの子のいったとおりだったな」
「シャーリィが、何か…?」
「うん、あのね…あなた達がくる、ちょっと前…」


 セネルと会話をしているフェニモールをよそ目に、は怪我を負っている男の方が気になった。ウィルとノーマがブレスをかけてやっていても、中々目を覚まさない。大丈夫だろうかと男を眺めた。何故水の民なのに、陸の民の服装をしているのだろう。何か理由でもあるのだろうかとごちゃごちゃと考えたが、これといってまともに思いついたものは無かった。人にはそれぞれ事情がある。


「貝殻…返しとく。助けてくれたことには、礼を言います。…ありがとう」
「そうだな、よかったよ」


 セネルとフェニモールの会話がひと段落したところで、はギートを呼び頭を撫でる。ふさふさの毛が心地良い。うっとりとそれを堪能していると、ノーマの驚いたような奇声が上がった。彼女の方を振り向くと、先ほどまで倒れていた男の姿が無い。どこへ行ったのだろうと見渡すと、黒とも紫とも付かない羽が男の背に生えており、空中を舞っていた。


「来い、フェニモール!」
「あっ」


 すると、フェニモールの周りに彼の羽と同じような色彩の球体が現れ、フェニモールをふわりと浮かばせた。しかし男はフェニモールだけでも隔離できた事に安堵したのか、フェニモールと共に飛び去ってしまった。


「だ〜も〜!回復してやったんだから、お礼くらい言いなさいよ!」


 ノーマがしばらく空に向かってじたばたとぶーたれていたが、それは突然の訪問者によって止められた。それはラッコのような姿で、服も着ているし二足歩行。はぎょっとしたが、とても可愛らしい姿をしている。


「セネルさん!」
「キュっちん!リッちゃんがどこ行ったか、しんない?」


 キュっちんと言うのだろうか。は頬を染めその可愛らしい生き物を眺める。セネルとその生物は今後の事を話し合っていたようだったが、今のにはラッコのようなこの生物しか頭になかった。


「あっちの方だキュ!ジェイの話だと、雪花の遺跡に、向かったらしいキュ」
「ヴァーツラフの本隊がいる所だな。ここからだと、4時の方向になる」
「ワイも一緒に行く」


 突然の遮るような言葉に、もその声の主を見る。ウィルがどういう風の吹き回しだと溜息をついたが、モーゼスは自慢げにこう言った。


「ヴァーツラフのやり方が、気に入らんのじゃ。じゃからぶっ潰す。そんだけじゃ
 ワレとも色々あったが、一時休戦にしちゃる。同じ目的を持つもの同士、手を組むとしようかの!」
「おお…男同士の厚くて濃ゆい友情が、今…?」


 モーゼスがセネルへと手を差し出し、このまま握手へと持ち込むのだろうかと半場どうでもいいように眺めていたら、セネルはその手をばしりと払いのけた。ノーマが溜息をついたのと同様に、も溜息をついた。


「何すんじゃ、ワレ!」
「やかましい!何きれいにまとめてんだ!元はといえば、お前がシャーリィをさらうのが悪いんだ!」
「そんくらい水に流さんかい!ここはだまって握手の場面じゃろ!」
「流せるか!」


 その言葉と共に、セネルがモーゼスへと拳を送りつけ乱闘が始まってしまった。は複雑な面持ちでそれを眺めていたが、ハッとなりクロエへと話しかけた。


「私…これからどうしたら良いと思う?」
「あ、そうだな。囚われの身で、行くあてはあるか?」


 が首を横に振ると、ウィルが腕を組み唸った。今から街に連れて行ってやるとすると、肝心のシャーリィには追いつけなくなるだろう。どうすればいいのかと考えをめぐらせていると、能天気なノーマの声が思考を遮った。


「だったらさ、、あたしらと一緒にいけばいいじゃん!」
「だが、そうなると非戦闘員のは危険だ」
「あ…でも私、一応戦えるから」


 その言葉に、セネルとモーゼス含め全員が凍りついた。




(毛細水道終わらせたかったのです。)