脱出口から出ると、そこは木や草が伸び伸びと育った森だった。は後ろ手で繋がれている手枷をどうにかしようとしたが、外れない。四苦八苦していると、クロエが動かないでくれ、と告げ剣を鞘から抜く。


「え……」
「大丈夫、鎖を切るだけだ」
「う、うん」


 先ほどの瞬間の事を思い出す。怒りに身を委ねていたら、目の前に深海の青のようなテルクェスが現れたのだ。今まで託宣の儀も受けたことはなかったし、母にも自分は覚醒する事はないのだと、言われていた。なら、あのテルクェスは私のものではない?そんな事を考えていれば、しばらく鎖と格闘していたクロエが、手枷を断ち切る事に成功したらしく、がち、という鉄音がの体に響いた。両腕が利くのは妙に安心する。は腕をぐるぐる回し、セネルの方へと視線をめぐらせる。やはり、その間も意識を失ったままのセネルを、ノーマとウィルが介抱している。はセネルの近くで二人がブレスを掛けるのを眺めていた。その瞬間、意識を失っていたセネルが目を見開き上半身を起こした。


「ステラ!?」


 セネルはを見ると、立ち上がり、次に何が起こったのか、には分からなかった。肩や背中から伝わってくる温度や、セネルの肩越しからクロエが顔を真っ赤にしている時点で、まさか、と顔を青くした。


「ステラ、もう平気だからな…!シャーリィも、すぐ助けて、」
「っ、」
「ちょっと、セネセネ!?」


 どん、鈍い音と共にセネルの体が突き飛ばされる。恐らく、今自分はセネルの腕の中に居るのだと理解した瞬間、彼を突き飛ばしてしまった。顔が熱い。は胸元で手を握り締めると最低、という言葉だけ付け加えてセネルから背を向けた。


「え…?」
「く、クーリッジ、何があったんだ。とステラさんを間違えるなんて…」


 セネルはクロエのその言葉に眉を潜めて、顔を俯かせた。自分でもどうかしている。とステラを見間違うなんて。セネルはごめん、と小さく謝罪するとそのまま押し黙ってしまう。そんな中、ノーマが辺りの様子を見て顎に手を当ててこう言った。


「う〜ん…よりによって帰らずの森かあ」
「ここはどう言った場所なんだ?」
「トレジャーハンターの中でも遭難必死!って言われてるくらいなんだ。
 なんたって、地形が似てるから、方向感覚が狂いやすいんだよ」
「なーに、安心せい!ワイら、アジトを追われてからは子分達とずっとここに野営地を構えとったんじゃ。」


 ここの構造は庭同然、とモーゼスは胸を張った。この解りづらい地理を理解している人物がいるというだけで大分安心できる。は顔を明るくさせてそれなら敵にも見つかりにくくていいね、と告げた。ノーマやクロエも、その言葉に賛同する。しかし、セネルだけは表情に影を保ったままだった。


「あ、セネセネ…リッちゃんのことだけどさ…」
「ノーマ、今はよせ」
「うん…」


 ノーマの言葉はウィルによって遮られる。文字通りそっとしておけという事だろう。その言葉に素直に従い、歩き始める仲間達。セネルは未だ歩き出す気配がなく、ぼうっと立ち竦んでいた。はしばらくそれを眺めた後、呆れた様にため息を吐き、セネルの元へと近づいた。


「……行かない、の…?」
「!あ、ああ」


 の言葉にセネルは驚いたような仕草をした後、短く返事をして歩き出した。けれどその表情には未だに覇気が無い。色々な事が起きたせいで、頭が混乱しているのだろう。はセネルの前を歩きながら、ぼんやり考えた末、ある行動に出る事にした。


「……」
「わっ!何するんだ!」
「わ、わた、私…父さんに、小さいころ、頭なでても、もら、うと…気持ちが、おちつ、いた、から」
「無理するなよ」

 
 がセネルの頭を撫でていれば、案の定顔が真っ青になっている。セネルは苦笑すると上手く屈みこんでの手から逃れ、行こう、とへと言葉をかけ、歩き出した。もそれに素直に付いて行く。


「だ〜…疲れた、も〜歩きたくな〜い!」
「なんじゃい、まだ半分もきとらんぞ」
「モーすけみたいな体力バカとは違うの!セネセネ回復するのにけっこ〜体力使ったんだから!」
「ならば永久にここで休ませてやろうか?」


 ハッ、と皆の表情が強張る。後ろから耳に入った声に振り向けば、先ほども見慣れたカッシェルの姿。そしてその後ろには大人数のその部下達。ウィルの逃げるぞ、という言葉を合図に皆は森の奥へと全力疾走で駆け出した。ここで捕まれば、確実に命はない。何故ならカッシェル自身、セネル以外は殺す、と言っているのだから。息が跳ねるまで走った所で、モーゼスが辺りの様子を見て嬉々とした声で告げた。


「おう!皆、野営地はすぐそこじゃ!」


 その言葉を聴いたノーマも嬉しそうにそれを聞き返し、先へと進む。しかし、進んだ先で待っていたのは子分達などではなく、荒れ果てボロボロになった野営テントだけだった。モーゼスがその惨状を見て体をわななかせる。


「な、なんじゃこりゃあ!?チャバ、みんな!どこへ、どこへ行ったんじゃ!」
「やられちゃったの…!?」
「そ、そんな…」
「ここへ来たのか。つい最近も来た場所だ。」


 そんな中、また聞こえてくる低く地を這うような声。モーゼスが怒りに身を任せカッシェルへと襲い掛かろうとしたが、ウィルとセネルが彼の体を押さえつけた。やめろ、とセネルが声を掛けても、まるでそれはモーゼスの耳には届いていない。そんな中、クロエとノーマ、は反対側にて囲まれたスティングルを睨めつけていた。


「はさまれちゃったよ…!」
「おのれ…!」
「…ヴァレンス家の一人娘が、大きくなったものだ。」
「!?なん、だって…?」
「あの時はっきり言ったはずだ。剣を握れば容赦はしないと。」


 その言葉に、クロエが瞳を吊り上げ剣を構え、間違いない、と呟いた。ノーマとが状況を把握できずに武器のみを構え、困惑した表情を作っていた。


「間違い、ない…!お前が、お前が腕に蛇の刺青をした男か!」


 クロエもお前だけは、と連呼し、両手で握った剣を闇雲に振り回した。その瞳には殺気に溢れていて、見ているの方が苦しかった。けれど、この状況は誰が見ても明らかに不利。は薙刀をクロエの前にかざし、彼女の動きを止める。それと同時に、何かを殴るような音と、ウィルの怒声が聞こえてきた。


「いい加減にしろ!」
「ウィの字…ワレ…」
「今は撤退あるのみだ!わかったな!」


 ウィルのその言葉に、カッシェルは何かを誘うようにセネルへと話しかけた。その言葉は、明らかに罠だと解っているのに、不安定なセネルの心に、大きく響いた。


「セネル、貴様だけは殺さない。もう一度メルネスと会わせてやる。」
「なっ…!」
「貴様は姉共々、メルネスの力を引き出す触媒となるのだ。」
「セネル!挑発に乗るな!」


 あっちの方向へ走れ、とウィルが指差すと、セネルはモーゼスを連れて走り出した。そして、ウィルはとノーマにもそれを告げる。それを聞いたは片手で薙刀を握り、もう片方の手を軽く振り、テルクェスを出現させる。大分扱いにも慣れてきたようだった。それを囮にし、はクロエの腕を掴み、ノーマを引きつれ森の奥へと消えた。


「盾にでもなる気か?」
「どうかな」


 ウィルは武器を取り出し、短く詠唱し、ライトニングを落とすと、皆と同じく森の奥へと消えた。目くらましか、とカッシェルが呟いたのも知らずに。は息を荒げて膝に手をかけて呼吸を繰り返す。セネル達も緊張の糸がほぐれたように荒い呼吸を繰り返していた。そんな中、ウィルがモーゼスへとこの先がどうなっているのか尋ねると、森の出口に繋がっている事を告げた。


「…大丈夫…?モーゼス…」
「おう…」


 はそれ以上言葉を掛けず、そっとして置く事にした。そして、少し歩くと、森の出口らしき物が見えてきた。しかしその瞬間、物凄い地響きが皆の体を揺らした。


「くる…」
「え?」
「くる!絶対何か来る〜!!」
「何だか、ノーマの予感…当たりそう、だね…」


 地響きは徐々に近づいてくる。それを感じ取ったウィルが道の端によけろ、と皆へと警告した。その瞬間、後ろから物凄く巨大な魔物が現れた。ノーマがもう少しで森から出られるとこだったのに!とぶちぶちと愚痴を零しながら武器を構える。そんな中、がまた片手で薙刀を持ち、片手を振り上げる。振り上げた方向へと海の色をしたテルクェスが飛び、魔物へと当たる。魔物がテルクェスへと気を引いている間に、セネルやクロエ、モーゼスの爪術が炸裂した。しかし、テルクェスが水となって消えた瞬間、突進してきていた魔物のターゲットになったのはだった。それはとても近い距離にいて、防御をしても間に合うかどうか。薙刀を構えなおそうとした瞬間、大きな電撃が魔物へと落ちた。


「ヴォルトアロー!」
「!?」
!さっき助けてもらったお礼〜!あたし、借りはきっちり返すんだから♪」


 ノーマがウインクをしている間に、モーゼスの槍が魔物へと突き刺さり、魔物は大きな悲鳴を上げて弾け消えた。それを見たノーマがへろへろと地面に尻をつけた。ようやく森の外に出られる事に安心したらしい。


「そうはさせないよ」
「え…?」


 が声の方向を向けば、あの自分をやたらと毛嫌いしていたメラニィの姿。そして、その周りにはたくさんの兵と、先ほど戦った魔物。ノーマがもう無理だよ、と繰り返すのに対し、ウィルが諦めるな、と激動を入れた。そして、また地響き。今度は何だ?と地響きの気配を探ろうときょろきょろとあたりを見渡せば、海の水かさが明らかに減り、見覚えの無い建造物が現れていた。とにかく逃げよう、とがまた森へと走ったのに気づき、セネル達もそれに続く。


「もう逃げても無駄だよ…」
「諦めるな!」


 けれど、やはり逃げても無駄だという言葉は当たっているのか、目の前から3人のヴァーツラフ軍が現れ、ノーマがもうお終いだ、と頭を抱えた、しかしその瞬間、後ろから現れた新しいヴァーツラフ兵が、前の3人の兵を切り倒した。


「仲間割れ…?」
「諸君らを助けたのは変装した私の部下だ。」
「その声は…マウリッツさん!?」


 セネルがそう叫ぶと、物陰から水の民の老人が現れた。見た瞬間に感じ取る。恐らくどこかの里の長。無意識に老人というだけでの体が強張る。それは、の居た里でも水の民の長が、を毛嫌いしていたからだ。恐らく、まだ自分の正体はバレてはいないだろう。それに、テルクェスも発現している。今ならまだ、誤魔化し通す事は可能だ。がそんな事を毒づいていると、マウリッツが穏やかに話し始めた。


「やあ、久しぶりだなセネル君。里が焼かれてから…3年か」
「どうして此処に?」
「同族の頼みとあっては無碍にできないものでね。」


 同族?とが首をかしげていると、マウリッツの隣へと歩いてきたツインテールの少女。見間違うはずもない。フェニモールだ。フェニモールはの姿を確認すると、表情を少し和らげた。そんな中、マウリッツが安全な場所へと案内しよう、と変装した兵が持ってきた運送車を見せた。乗れと言う事だろう。それに乗り込み、しばらく進んだ所で、運送車が大きなエンジン音をたててとまる。


「湖がなくなっちょる…」
「船全体が浮上したせいだな。他にも影響が出ている場所があるかもしれない」
「あの巨大な建物が現れた事と何か関係があるのか?」


 マウリッツはあの場所の事を艦橋と言い、それの説明を始めた。艦橋は、メルネスでなくとも船を自在に操作できるというもので、巨大な巨大な力をたやすく用いることは往々にして不幸しかもたらさない事を告げた。一通り説明が終わった所で、また変装した水の民がマウリッツへと駆け寄り、何かを報告した。どうやら、シャーリィとステラが雪花の遺跡を出発し、艦橋へと連れて行かれたらしい。創我砲という水の民の命を犠牲にした生物兵器を使う為だという事も。


「いかにも大砲って感じ…って、ゆーかなんでそんなに詳しいの?あんたら一体何者?」
「我々は…、諸君らの言葉で、煌髪人と呼ばれる種族だ」


 皆がその言葉に目を見開き驚いている。セネルとは特に反応を示す事無く、その言葉に耳を傾けるだけ。ウィルやノーマ、その辺の陸の民にとっては、あまり関心のない伝説上の種族。その様子を見たマウリッツが何も驚くことはあるまいとつけたした。


「諸君らはもう会っているではないか。ここに居るフェニモールや、シャーリィ。そして…そこの君に」


 も?とクロエが眉を潜めた。身近に水の民に居たと言う事が余程不思議なのか、の姿をまじまじと見つめている。マウリッツもへと視線を移し、君の目の事はフェニモールから聞いているよ、と言った。


「目…」
「それはヴァーツラフ軍にやられたそうだね?」
「………は、い」


 本当はそんなことは無い。きっと、どこかの小さな里で生まれた異色の娘という話はマウリッツも聞いたことがあるだろうが、実際には会った事もないからヴァーツラフ軍とこじつけているだけだろう。そして、マウリッツはから視線を外し、諸君らは身を隠すべきだ、と告げる。


「我々の使っている拠点の一つに案内しようと思うが、どうだろう」
「では、お言葉に甘えさせてもらおう」


 ウィルの言葉に、全員が素直に頷いた。を除いて。