大きな無機質な扉が開き、中へ入ると、赤い蔦のような物が室内に絡まっていた。そして、その奥には光を放った謎の球体。モーゼスとが室内の様子を見て首を傾げている。この不思議な部屋模様からして、ヴァーツラフが居るのは間違いない、はず、なのに。どうしても奥の球体に目が行ってしまう。セネルは興味本位にそれを覗くように、光が反射している球体の中を見た。しばらくたった後、セネルが目を見開いて数歩後ずさった。


「嘘、だろ…?嘘だよな?」


 セネルの乾いた笑いのようなものが響く。次に、彼はその球体に再度近寄り、それをがんがんと殴り始めた。けれど球体は水の中で大きく音が響くだけで、球体そのものは傷ひとつつかない。


「なあ!嘘だって言ってくれよ!!」


 球体の中にある”それ”に語りかけるかのようにセネルの悲痛な声が室内に木霊した。モーゼスとウィルは状況を理解していなかったが、セネルの体を押さえつけ、これ以上球体を殴らせる行為を止めようとさせる。


「離せ!離せよ!」
「セの字、ワレちとおかしいぞ!」


 ノーマがその中に何があるんだと告げると、球体へと近寄りしばらくそれを眺める。すると眉を潜め、リッちゃん…?と呟いた。リッちゃんとは、シャーリィの愛称のはずだ。もそれを確認しようと近寄ろうとした時、セネルの大声によって体を跳ねさせた。


「ステラアアァアァッ!!!」


 冷たい沈黙が流れる。セネルはモーゼスとウィルの腕を振り払うと、また球体を殴り始める。一体誰が、とうわ言のようにセネルが呟くと、私だ、影からその言葉に答えを返すように声が聞こえてきた。皆がその声に振り返る。


「ヴァーツラフ…!」
「娘は三年前からその状態だ。」


 セネルが再度驚愕の瞳を作り、嘘だ、と俯きながら呟く。は視線だけを球体に向け、反射する光に目を細めながも中の”それ”を確認した。中に居たのは、自身とたいして変わらない、少女。それも、水の民。どうして、水の民だけがこんなに窮屈で痛々しい思いをしなければならない?の頭の中で、愚念の言葉が駆け巡る。が腰から薙刀を引き抜くと、ヴァーツラフはその姿を確認し、口の端を持ち上げた。


「ほう。貴様があの、混血主のサンプルか」
「………」
「来い。貴様以外の虫を始末した後に貴様もあの中に加えてやろう」
「よくも…!」


 セネル達が瞳に怒りの炎を灯し、ヴァーツラフへと走り寄る。セネルやクロエが攻撃をしても、全くひるむ様子が無い。そんな中、ヴァーツラフは力強い拳を皆に叩き込んで行く。そんな中、ウィルが違和感を感じ、その違和感に声を掛けた。


!何をしている!?早く攻撃に回れ!」


 返事はない。ぼんやりと立っている少女は、貫くような眼光で、ヴァーツラフを射抜いていた。けれど彼はそれをも気にしないかのように、仲間たちに攻撃をお見舞いする。負けを認めるのは、遅くはなかった。皆が力なく倒れた中で、だけが立ったまま動こうとしない。一体、どうしたと言うのだろう。そこで、霞んだ皆の瞳の中に映ったのは、ぼんやりと、切れかけのランプの光のような青い光を髪に乗せたの姿だった。


「スティングル!そのサンプルを牢屋に入れておけ」
「はっ」


 スティングルがへと近寄り、剣を喉元に突きつける。特に恐怖も感じない。怒りだけが、の頭を支配していようだった。そんな中、セネルの悲痛な声が耳に突き刺さった。視線だけを動かせば、ヴァーツラフがセネルの腹部を蹴り飛ばしたようだった。ヴァーツラフは愉快そうに笑い、いつの間にか連れて来られていたシャーリィにたずねる。


「お兄ちゃん!」
「どうするメルネス。兄と慕うこの男を見殺しにする気か?」


 シャーリィが言葉に詰まると、ヴァーツラフはもう一度セネルを蹴り飛ばそうとする。それをぼんやりと眺めていたが眉をぎゅっと潜め、叫び声を上げた。


「触るなッ!!」


 その瞬間、スティングルとの間に光が現れ、それは水と泡のようで、徐々に蝶の形を形成させてゆく。しかしそれは、水の民に見る完全な蝶の形ではなく、水の波紋のように羽が不安定。から現れたテルクェスは水を弾くようにスティングルの体を弾き飛ばした。それを見たシャーリィは、口元を押さえて呟く。



「テルクェス…、それも、私と同じ、色…?」
「フン、この瞬間に覚醒したか。メルネスよ。この兄と共に殺される同胞を見たくなければ、封印を解くんだな」


 シャーリィはとセネルと見比べた後、目に涙を浮かべ、静かに頷きやってみると告げた。その反応に、ヴァーツラフは満足そうに口の端を持ち上げる。シャーリィの手枷が外され、あのステラという少女が入っていた球体に入れられる。が眉を潜めながらその光景を眺めていると、背中に酷い音と痛みが同時に走り、床に体が倒れた。背中にはどうやらカッシェルが乗っているらしい。


「ぐっ…!?」
「お前は大人しくしていろ。」


 舐めるような声に体中がそれを嫌悪する。背中で両腕に手枷がされたせいで、身動きが上手くできない。頭の中で牢獄での生活がフラッシュバックする。当時は恐怖も麻痺していたせいか感じなかったが、今は恐怖という言葉に離れていたせいか、自然と涙が目じりに溜まってゆく。


「お前はメルネスの娘と共に、将軍閣下の生物兵器の一部と活用される。よく見ておくんだな」
「嫌…!そんな…くだらないものの為に、従う、もんかっ…!」


 が悪態をつくと、いつの間にか目を覚ましていたウィルの声が響いた。視線をそちらに向けると、どうやらシャーリィが球体の中で苦しがっているらしい。


「やめろヴァーツラフ!海水はシャーリィの体に毒だ!」
「苦しいか?ならば死にもの狂いでやってみろ!」


 ヴァーツラフはその姿を見て愉快そうに笑っていた。その瞬間、球体が激しく輝き始め、球体のガラスが醜い音を立てて割れた。そして、水が溢れ出している球体の中には、意識を手放し横たわっているシャーリィとステラの姿。その光はみるみる間に金色の蝶の形を形成し、ヴァーツラフやカッシェル、スティングルを弾き飛ばした。


「ぐっ!?」
「あれは……」


 先ほどののテルクェスとは違う、完璧な翼を持った蝶。それは未だ意識を失っているセネルを持ち上げ、室内の隅にある脱出口にセネルを落とした。はそれを判断した後、カッシェル達が未だ遠くへ弾き飛ばされてる間に、腕の利かない体を起こし、その脱出口へと走った。


「急げ、俺達も脱出するぞ!」
「でもリっちゃんは!?」
「今は諦めろ!急げ!」


 は皆が降りたのを確認すると、同じく脱出口へと飛び降りた。腕が痞えて動きづらかったが、下に下りれば何とかこの手枷も外せるだろうと感じた。