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「アニキ、オイラ最近、変なんだよ」 「何がじゃ」 チャバは頭をがしがしとかきむしりながら自分の尊敬する兄貴分のモーゼスへと最近の異変を告げた。するとモーゼスは彼には不釣合いの、どこから奪ってきたかも記憶にない派手なソファに身を沈め、当たり前のようにこう言った。それはチャバにとっては衝撃的で、けれどどこかその答えを望んでいたのだと思う。雛に親鳥が餌をやるかのごとく、腹をくくる訳でもなくチャバが欲しがっていた答えをくれてやった。 「好きだからじゃろ」 「え、ええと、アニキ、だから、そうじゃないと、思うんだけどオイラ、は、」 「好きじゃなかったら胸がいとうなったりせん」 「そうなんだけど」 あ、ともう、ともつかないうめき声を上げてチャバが唸った。モーゼスは鈍いようでこういった事に関しては五月蝿い。気になっている時点で好きなんだろ、だの、好きだというなら素直にその気持ちを伝えろ、など。チャバは顔を赤くして目をせわしなく泳がせるだけだった。 「それに」 「?どうしたのアニキ」 「とうとうチャバにも嫁がでけるゆぅて思うと、ワイも嬉しゅうなるしな!」 「よ、嫁え!?それは違うよアニキ! オイラとちゃんはそんなんじゃあ…!」 「男たるもん、攻めが勝負じゃ!ちゃっちゃと告白して、その娘んハートを鷲掴みじゃあ!」 クカカ、とモーゼスが笑う。チャバは苦笑いを零すしかなかった。チャバはモーゼスを後にすると、ウェルテスへの道を歩いてゆく。まだ、好きだという実感が湧かない。けれど、他の感情に当てはめようとすれば、その中にぱちりと合うピースがないのだ。(まるでパズルのように)それと同じで徐々に埋まってゆく感情のピース。チャバはその邪念を吹き飛ばそうと首を犬のようにふるふると振るが、あまり効果はない。ぼんやりとそんな事を考えていると、目の前にはの家。もう、彼女と出会って数週間が過ぎたのか、とこの家を眺めながら考える。心地よい風がチャバの緑の髪を攫おうとそよそよと靡く。彼は意を決して彼女の家のドアノブを捻る。それをゆっくりと押すと、そこには人の気配のないがらりとした家。家具や薬、本はもちろんそのまま置いてあるが、人の、の気配がない。寝ているのだろうか。彼はお邪魔しますと呟きそうっと家の中に上がる。 「自室にいるのかな…」 階段をゆっくりと上り、辺りを伺うと、本棚用の脚立の上で本をぱらぱらとめくる彼女の姿。珍しく窓は開けていて、さらさらと風がカーテンを揺らし、本を捲くる悪戯をしている。チャバはの姿を確認すると、ゆっくりと近づく。ぎし、と床がしなる。その音にハッとしたように顔を上げ、きょろきょろと首を動かす彼女は、どうやら本に夢中になっていたのだと感じる。そしてチャバが来ている事に気付くと、ふふ、と忍び笑いを零し、脚立を降りようとする動作をした。どうも、違和感。 「ごめんなさいチャバさん。本に夢中になってて、まるで気が付きませんでした」 「あ、いいんだ。気にしないで、ちゃん。それよりオイラこそ、邪魔しちゃったかな」 「いいえ、来てくれて嬉しいですよ」 がたがたと乱雑な音を響かせて脚立から降りようと足を伸ばす。すると、その長いローブの裾が脚立に引っかかったのか、バランスを崩した。落ちる、とチャバは一瞬のうちに察した。まるでスローモーション。落ちるというまさにその瞬間で、自分の腕の中に彼女を抱きとめた。予想以上にそれは小さくて、薄かった。そしてふわりと鼻をかすめる甘い香り。それだけで、彼にとっての胸の早鐘を打つには十分だった。 「大丈夫?怪我してない?」 「す、すみませ…。重くないですか」 「全然。寧ろ凄く軽いよ。」 彼女の顔を見る。すると、どうも今日は違和感があると感じていた部分に気付く。翡翠色の瞳によく合う、細い緑のフレームの眼鏡を付けている。目が悪いの?と尋ねれば本を読むときだけですと彼女は薄い唇の端を持ち上げて言った。眼鏡をかけているだけで印象が違って、また鼓動がサイレンを鳴らすかのように早くなる。もっと色んなちゃんを見たい。知りたい。欲求には果てがないものなのだと彼は今更気付いた。そして、先ほどを支えた時に触れた部分が二の腕だと思い出し、顔が赤くなる。どこかで聞いた話では確か、二の腕は胸の感触に似ていると聞いた事があったからだ。 「チャバさん。どうしました」 「え」 「顔が赤いですよ。具合悪かったりとか、します?」 「あ、違うんだよ。えっと…その…なんでもない」 「ふふ、変な人。赤くなったり青くなったりしてますよ」 もっと、彼女に触れたい。そんな邪念がまた、彼の頭に浮かび上がる。先ほどといい今といい、本当にそういった部分では男は苦労する。するとチャバは、その広い手を彼女の白い頬に伸ばし、撫ぜた。柔らかくてなめらかで、骨ばった自分とは大違いだ。そしてそこで途切れるようにハッとなった。無意識のうちに、こんな事をやっていた。いつもの自分なら、そんな事、絶対できないのに。その上、彼女を見れば動揺するどころか心地良さそうに目を瞑っている。(もしかしてオイラは、この子に気付いて欲しくて、こんな変なことしてるの?)まるで、猫のようだと。自分の手をゆっくりと放すと、それに反応するように大きな翡翠色の瞳を開く。すると彼女はチャバの手が放れたのをいい事に、自分は自分で彼へと手を伸ばし、爪先立ちでチャバの緑の頭を撫ぜた。 「わっ!ちょっ、…!」 「お返しです」 ふふふ、と彼女が笑う。悪意とか、悪戯心などは感じられない。チャバは内心苦悩した。動揺させたいのに自分が動揺してどうする。そしてそこで、最期のパズルピースがぱちりと当てはまった。 見つめて触れて名前を呼んで (恋する二十歳) |