|
しばらくの沈黙の後、彼女は思い出したように深く被っていたローブをふわりと取る。そこで小さく頭を振るい、ローブを被っていた事で服の中にあった髪を解放させた。それは、チャバが先ほど見た栗色の髪に、翡翠色の瞳。可愛らしい顔立ちをしている。ローブを被っていた時はもっと大人っぽい人物かと思ったが、見れば見るほど自分より年下にしか見えなかった。 「すっかり忘れていました。自己紹介がまだでしたね。私は。・ヴィクテムです。」 貴方は?と薄く微笑むに、チャバははっと顔を上げ自分の名を告げた。チャバさん、と反復する。自分の名前を呼ばれることが、こんなに嬉しい事だとは思わなかった。胸にこみ上げてくる何かが、彼にも笑顔を作らせる。するとはそうだ、と手を打った。 「チャバさん、急ぎの用事でもなければ二階に上がってお茶でも飲んで行って下さい。」 「え、いいの?」 ははい、と笑顔で返した後に、少し散らかってますが、と続けた。これでチャバの中にあった矛盾が解けた。一階は診療所で、きっと二階は彼女の自室なのだと。が白いローブを揺らし階段をゆっくりと上るのを、彼もついて行く。 「、ていうか、ちゃん(で、いいよね、)って、お医者さんなの?」 「はい。まあ。しがない法術師ですけど。この度一人暮らしをしようと思って。この遺跡船にお家のついでに診療所も作ってみました」 「へえ、偉いんだね。生活とかは苦しくないの?」 階段を上りながらの会話。チャバの言葉に、が小さく唸る。食事以外で困る事はないですね、と小さく告げた。小さな階段を上り終えて、チャバはぎょっと目を剥き出した。一階とは比べられない書物の数。棚に並べられているものもあれば、机やベッドの脇にせわしなく置かれているそれら。 「ほ、本、好きなの?ていうか散らかってるね」 「ここにあるのはほぼ医学書です。まあ…散らかってるのは仕方ないと思ってください。お片づけとか、苦手なんですよ」 しかも窓は閉めきられており、もちろんカーテンも引かれたままだ。埃の匂いと本の紙質の匂いがまじり、独特の匂いがする。そう、あれだ、図書館。チャバは一人で納得していると、が本を数冊動かし思い切りカーテンを引いて窓を開けた。そこには白いテラス。それなりに手入れがしてあるのか、テラスの木辺には造花が並べられていた。 「座って待ってて下さい。今お茶を淹れてきますから」 「いや、いいのに。おかまいなく」 ふふ、とが笑う。チャバも笑った。はすぐにローブを翻し自室を出て行く。ただぼんやりと外を眺めるのも退屈だな、とチャバの頭がそれを過ぎる。彼はテラスの椅子から立ち上がり、の自室にある本を眺め始めた。読むのではなく、表紙だけ。どの本棚を見ても、解る単語のある本などなかった。しばらくきょろきょろとそれらを観察していると、ぱたぱたと小さな走る音。それと共に響くカチャカチャと鳴る音。 「あれ、チャバさん?医学に興味あるんですか?」 「ハハ、全然。読もうとしてもオイラには解らないよ。そもそも勉強はできる方じゃないしね。 それを思うと、難しい勉強してるんだね」 「難しい…ですか?好きでやっていた事なので、よく解らないです」 がティーセットを持ってテラスの椅子へと腰掛ける。チャバもそれに続く。どうぞ、と勧められるままに紅茶を出された。ほんのりと鼻をかすめる香りが心地いい。チャバはそれをこくりと呑むと、案の定一つの単語のみが頭を過ぎる。考えていたせいか、呑んだとたんに自然とそれは口をついてでた。 「おいしい」 「ふふ、ありがとうございます」 「紅茶淹れるのが趣味なの?」 「趣味というか、よく飲むので自然に覚えてました。ところで、チャバさんは今日何故あの場所に?」 「あの場所?」 「さっきの子が怪我をした場所です」 ああ、と相槌を打つ。夕食の買い物のついでに散歩でもしようかと思って、たまたま通りかかっただけだと。するとはお茶請けのクッキーを摘み、羨ましいと零した。チャバには、意味が解らなかった。そよそよと風がの髪をいじる。 「羨ましい?」 「いえ、最近夕食といえる夕食をとっていない気がしまして」 「お金、ないの?」 「まさか。お金に余裕はあります。」 「……」 「私、料理が出来ないんです。だから時々ベーカリーにでも寄って作ってあるパンを食べたり、その程度」 「ぱ、パン屋さんに行かない時はどうしてるの」 「食パンにジャムです。それかこういうお茶請けのお菓子をつまんだりとか」 「…飽きない?」 チャバがおずおずと尋ねると、は唇を尖らせて飽きます、ときっぱり言い放った。そしてしばらく他愛もない話を続けていると、が夕食の買い物はいいんですかと彼に問うた。ハッとなる。もう日も傾きかけている。山賊の全員分の夕食を作るには、時間がかかる。チャバはその事を今更思い出し、そろそろ帰るよと苦笑いを零した。 「また、遊びに来てくださいね」 「え、いいの?」 「チャバさんと話してると楽しいですから。私はいつでも家の中にこもりきりなので、是非また、」 「、うん。ありがとう。じゃあ今度来た時は差し入れでも持ってくるから」 が忍び笑いを漏らす。それじゃあ、と手を振り彼女の家から出て行く。あの笑顔を見ると、なんだか調子が狂う。けれど、それと同時に、その、胸からこみ上げてくる何かがじわじわとチャバの何かを犯してゆくのが解った。 晴れのち晴れ (何かに期待している) |